top of page

 クータはお父さんと一緒に、バスを待っていました。
とてもとても寒い日で、家を出るときにお母さんが巻いてくれたマフラーの中に鼻から下をつっこんで、クータはたいくつな気持ちでじっと立っていました。

 

 

「バス、来ないねえ」

 


 クータがお父さんに向かってそう言いますと、お父さんは返しました。

 


「今さっき、バス停に着いたばっかりじゃないか。少し早めに来てしまったからね。

だけどクータ、バスに乗り遅れてしまうと大変だから、少しバスを待っているぐらいゆとりを持って家を出ることは大事なことなんだよ」

 

 

 おととい降った雪が、まだたくさん道に残っていました。バス停のまわりにも、みんながかいた雪が道の端に積みあげられて、それが昨日のお天気で溶けてもう一度かたまったものですから、まるでトゲトゲした氷山のようになっていました。まっ白な、降ったばかりのわたあめみたいな雪はあんなに可愛らしいのに、泥と混じってトゲトゲになった雪のかたまりは、少しもクータのこころを打ちません。空を見上げてもお日さまの姿はどこにも見えず、どこまでもどこまでも、つまらなさそうな白い曇り空がいっぱいに広がっているばかりでした。
 


 だんだん、長靴の中の足がかじかんできます。それに、冷たい風にのってちらほら雪も降りてきたようです。

 

 

 クータは、お父さんと一緒に来たことを、だんだん後悔しはじめました。

 

 


 今日お父さんはお休みの日でしたが、会社に取りに行かなければいけないものがありました。

お父さんもお母さんも、寒いから家で待っていなさいと言いましたが、クータはきかないでお父さんに付いて来たのでした。お母さんも妹も、いまごろ暖かいストーブのある部屋でくつろいだり、このあいだ買ってもらった本を寝ころんで読んだりしているのかなあ。そんな風に想像してみと、やっぱり家にいたほうが楽しかったかもしれません。それか、お友達と遊んでいたら、もっと楽しかったかもしれません。

 

 

 おとといは、学校が終わった後、お友達と雪遊びをしたのでした。きのうは、妹と家の前に雪だるまを作ったのでした。そんなときには、外が寒くてもちっとも気にならないのに、こうしてじっとバスを待っているときには、どうしてこんなに寒くてやりきれないのでしょうか。

 

 

「あとどのぐらい待ったら、バス、来るのかなあ?」

 


 クータはお父さんに訊ねました。するとお父さんはうで時計とバス停の時刻表をかわりばんこ

に見て、「あと五分だ」と言いました。

 

 

 クータは泥の混じった氷山にのぼったり下りたりして、時間を忘れることにしました。
すると、お父さんに危ないのでよしなさいと注意されてしまいました。仕方がないので、今度はのぼるのをあきらめて、長靴の先で氷山をトントンたたいてけずっていました。すると、同じようにバスを待っていたおじいさんが、うるさそうにこちらを見たものですから、クータは叱られるのではないかと怖くなって、少し恥ずかしそうにうつむきながら、お父さんのコートにかくれました。

 

 

「ねえ、あと何分?」

 


 クータがお父さんに訊ねると、お父さんはまた腕時計を見て「あと四分だ」と言いました。

 

 

 クータはお父さんと並んで、じっとバスを待っていました。

 

 

 風があんまり冷たいので、耳がちぎれてしまいそうでした。

 

 

 クータとお父さんの前の道を、車が何台も通り過ぎていきました。

 

 

 そうだ。バスがやってくるまでの間、何台の車がここを通るか数えることにしよう。

そう思いついて、クータは目の前を走っていく車を数えはじめました。

 

 

 

 一台 びゅん


 二台 びゅん


 三台 ぶーぶー


 四台 びゅん

 

 

 おや、今度は車とスクーターが並んでやってきました。

 


 五台、六台 ぶーぶー ぶぉー

 

 

 

 トラックが来ました。大きいなあ。あ、運転しながらたばこを吸っている。かっこいいなあ。

どんな荷物を運んでいるんだろう。あれ、ちょっと待って。そのあとに来た車は何台目だろう。

スクーターが六台目だから、ええと・・。ああ、どんどん来るよ。もうすっかりわからなくなっちゃった。

 

 


 びゅん びゅん ぶーぶー ぶーぶー

 


 もう、いいや。

 

 


 クータは車を数えるのはやめにして、ただずーっと、バスのやってくるはずの方に目をこらして立っていました。数は数えませんでしたが、とほうもなくたくさんの車が、バス停なんか知らんふりして走り去って行ったようでした。

 

 

 くろい車も、しろい車も、あかい大きなトラックも、次から次へと、向こうのほうからやってきては通り過ぎて行きました。ときどき、信号で止まったりもしました。それでも、バスはまだまだやって来ません。

 

 

 車の列がとぎれました。

 


 
 車が通らなくなると、さっきから冷たい風のうえでひゅうひゅうと舞っていた粉雪の姿がよく見えました。

 

 

「お父さん、あと何分?」

 

 

「もう、そろそろ来るはずだよ」

 

 


 お父さんはそう言いましたが、どんなにじっと目をこらしても、バスどころか、一台の車もこちらへやって来る気配がありません。

 

 

「お父さん、バスが来なかったらどうする?」

 

 


 クータは心配になって、お父さんに言いました。するとお父さんは愉快そうに笑って、


「きっと今に来るから安心しなさい。お父さんはクータが生まれる前から、毎朝このバス停でバスを待っているけれど、少しぐらい遅れてやって来ることはあっても、来なかったことなんて一度もなかったんだからね。運転手さんは、今いっしょうけんめいクータを乗せるためにこちらへ向かっているよ」と言いました。

 

 

 なんて、お父さんの言ってくれたことには説得力があるんでしょう。毎朝バスを待っているお父さんが言うのだから、それは間違いありません。それに、お父さんというのはなんて頑張りやでありがたいものなんでしょう。どんなに冷たい風の日も、雪の日も、それか雨や真夏の暑い日も、こうしてバスを待つことから一日がはじまるのですから。

 

 

「お父さん、肩をたたいてあげましょうか」

 


お父さんが頑張りやさんだと知って、クータはお父さんのために何かしてあげたくてしかたがなくなりました。でもお父さんは、笑いながら、


「とつぜんどうしたんだ。それじゃあ今はいいから、家に帰ったらしておくれ」と言いました。それから、こうも言いました。

 


「帰りに、喫茶店であたたかいココアを飲んで帰ろうね」

 

 

 

 また、一台、二台と車がつづけて通るようになりました。

 

 

 クータは、運転手さんがいっしょうけんめいにバスを運転しているところを想像しながら、道の向こうをじっと見つめていました。

 

 

 

 とうとう、一台、二台、三台の車のうしろに、バスが見えました。

 


「あ! バスが来た」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クータが叫んだので、バスを待っていたほかのみんなも、そちらに目をやりました。
みんな、ほっとしたような、やさしそうな、しあわせそうな顔をして、バス停に止まるバスを迎えました。

 

 

 バスに乗るとクータは、運転手さんにお礼を言いました。

 


「バス停に来てくれて、どうもありがとう」

 

 

 

 運転手さんはおどろいたような顔をしました。いつもしているあたりまえの仕事をしただけなのに、変わったことを言うこだな、と思ったのでした。でも、すこしはにかみながら「いいえ。どういたしまして」と言って、バスをゆっくり出発させました。

 

 

 

 


                                        おわり

 

 

 作画担当:栗谷さと子

 カンデラゲストハウス運営・イラストレーター

 栗谷さと子HPはこちらから  http://illustratorkuri.wix.com/castanea

 

 

 

 

 

バスがきた 
 

文:松本アイス  絵:栗谷さと子

Project Operation

松本アイスカンパニー書店

Follow Me!

  • Wix Facebook page
bottom of page