へんなひとインタビューVol.8/special ver. 砂子慎哉というひと
- Minori Sunada
- 2016年1月29日
- 読了時間: 16分

砂子 慎哉 Shinya Sunago
バーテンダー カンティーナわん 代表 信州蕎麦ラウンジくりや 代表 ぱっと見てもわからないへんなひと 噛めば噛むほどへんなひと の巻
本舞台は夜の世界。なのになんだか朝のように爽やかで、昼間のようにぽかぽかしてるバーテンダーがいる。 いつか信濃川に注ぐはずの、市内を貫く女鳥羽川。その南側の一筋向こうに、すーっと一本続く道。城下町らしい、昔ながらの蔵造りの小さな建物が肩を寄せ合って、それは百年以上つづく伝統工芸品のお店から、新しくてお洒落なカフェや雑貨店までさまざま。観光客で賑わいつつも、ここを歩けば誰かしら、町の人にも出会ってしまう、そんな道。 ラム酒に取りつかれた彼は、この仲町通りを舞台と決めた。 「カンティーナわん」は、ここにひっそり佇んで、今年で15周年を迎えた。

カンティーナわん
―おめでとうございます! 15周年を迎えて、率直な感想を聞かせてください。
砂子:あんまり実感が無いかも。唯一あるとすると、10年以上通ってくれているお客さんの生活環境が変わったりしてるのを考えると、それだけの時間が経ったんだなぁって思います。例えば、初めてうちに来てくれた時には独身だったお客さんが、今ではお子さんもずいぶん大きくなったりしているし、もう数年頑張れば、お客さんのお子さんが成人して、一緒にうちに飲みに来てくれる日もそう遠くないんだなって考えたり。 実は「わん」というお店自体は、僕が始めたわけじゃないんです。「わん」がオープンして2年目の時に僕がオーナーになった形だから、僕自身がこのお店をやってきたのは実質13年なんです。
―どういう経緯で、オーナーになったんですか
砂子:その頃はまだ会社員で、今僕が経営している「信州蕎麦ラウンジくりや」のある場所に元あったレストランで店長をしてたんですね。それで「わん」が出来て、すぐ近くだったからお客さんとして良く飲みに来てたんです。 それまでの僕のラム酒に対するイメージなんて、本当に貧相なものでした。ラムなんて聞いても、ラム・レーズンのアイスクリームぐらいしか思いつかない。まして、そのまま飲むなんて考えもしなかった。それでもちょっと格好つけて、分りもしないのにウィスキーぐらいは飲んでいました。美味しいと思って飲んでいるというよりは、ウィスキーを美味しいと言うのが大人なんだっていう、思い込みというか、ちょっと背伸びも混じってたかな。それが、当時の「わん」で出してもらった「エル・ドラド」というラム酒を飲んだ時、そういうの一切抜きに、単純にものすごく美味しい! 感動したんです。運命のひとに出会った、そんな感じ。 すっかりラムが好きになったこともそうですが、実は僕、昔から本当は喫茶店をやりたいと思ってた。というのも、僕の育った富山にある喫茶店のマスターがすごく格好良くて、その人に憧れていたから。髭の似合う人で、インストラクターもするほどスキーが上手くて、昔、船乗りをされていて世界中を航海していた方で、奥様もきれいで・・・もう、やること成すことすべてが格好良い。小学生の頃からよく父に連れられてその喫茶店には通っていて、マスターに憧れてスキー1級の資格を取った時も、社会人になった時も、婚約者が出来た時も、逐一報告に行っていました。まさに、僕の成長を見届けてくれたひとの一人だったんです。だから、僕もそんな風に、お客さんとの距離が近いスタイルで、対話の中から何かが生まれてくるような、そんなお店をやりたいと思っていたから、レストランの店長という職業と、自分の理想像とのギャップに悩んでいる時期でもありました。それを「わん」の当時のオーナーだったマスターに相談したりしているうちに、だったら君のやりたいことを、この店でやってみたらどうだって言ってもらって、「わん」のバーテンダーになったのがきっかけでした。 お店自体を買い取る直接的な原因になったのは、実は、笑っちゃうような話なんですけど、その当時結婚をしようと思っていた相手の女性の実家へ挨拶に行くのに、雇われバーテンダーですと名乗るのは男としてちょっと格好がつかないなと思って。当時のオーナーに、そういう訳なんで僕にこの店を売ってくださいと直談判したのが、僕の「わん」経営の始まりでした。
―富山出身の砂子さん、松本へ来たのは、どんないきさつだったのでしょう
砂子:僕は富山出身ですけど、高校は東京の全寮制の高校に行ったんです。これは、本当にありがたいことなんですが、僕の両親が、慎哉はちょっと「へん」な子だから、せっかく「へん」なこの子の個性が田舎のぬるま湯でしぼんでしまったらもったいないと思ったらしいんです。それで、地元の高校へ進むか、東京の高校に入るか、好きな方を選べと言ってくれたものだから、東京の学校へ行くことにしたんです。それから大学を出て、初めての就職は大阪でしたが、大学時代に学んだ心理学とも、夢だった飲食業界とも全く畑違いの、システムエンジニアの仕事をしました。大学を出る時に、僕はやっぱり夢だった喫茶店をやろうということに決めたから、そのためにまずは畑違いでも当時給料の良かったSEの仕事に就くことにしたんですよ。ところが、大阪という町は本当に楽しい町で、毎晩遊び歩いていたらちっともお金が貯まらなかったんです。それから一度、地元の富山に帰って、これもまた畑違いなんですけど出版社の営業をやりました。広告の仕事を取ってくる仕事です。その当時お客さんになってくれたお店のオーナーさんたちには「おもしろいやつだ」って可愛がってもらってね。青年会議所の飲み会に呼んでもらったり、経営のいろはを教えてもらったり、今でもお付き合いがあります。そんなお客さんのうちの一人に、「お前、そんなに店を持ちたいんだったら、フランスのレストランで修行させてもらえる店を紹介してやるから行って来い」と言ってくれた人がいて、それなら渡航費用を貯めなくちゃと思って頑張っていた時に、高校時代の友達とたまたま久しぶりに連絡を取る機会がありました。お互いに失恋した直後ということが分かって、渡仏のために貯めていたお金のうちの少しを使ってバリ島に傷心旅行に行ったんですね。実はその友達というのが、松本の人で、市内でいくつか飲食店を経営している会社の御曹司だったんだけど、どういうわけか社長であるお父さんも一緒に旅行に来てたんです。それで渡仏の話をしたところ、「フランスなんか行ったって意味ない。君はうちで働いたら良い」と言ってくれて、先ほど話したとおり、松本でレストランの店長をすることになったんです。

夢を売る商売ではない
―お聞きしていると、砂子さんの人柄に触れた沢山のひとに助けられて、今があるようですね。「わん」に来る常連さんも、本当に砂子さんのファンが多いみたいですが、みなさん、砂子さんのどんなところに惹きつけられるんでしょうか
砂子:これはうちのスタッフにもよく言うことなんだけど、相手が男でも女でも、ともかく目の前の相手に「惚れこむ」ということを意識しています。意識して惚れるというのはおかしいかもしれないけど、どんなひとにも、そのひとにしかない素晴らしいところが必ずあって、それを見つけてしまうと、とことん好きになっちゃう。人間関係というのは単純なもので、こちらが好きだと、向こうも好きになってくれるんですね。それは大きいと思います。 僕は、バーというのは図書館みたいな存在だと思うんです。僕の行けない世界を教えてくれるひとたちが集まるところだから。それも、本と違って、一瞬一瞬、今まさに生きているひとたちの価値観が飛び交う、生きた図書館です。 この仕事は非日常を提供する仕事で、お客さんというのは、抱えきれないものを背負ってやって来て、ここに置いていく。お客さんが一歩この店に入った瞬間から、そのひとの人生に関わっちゃうんですよね。大学時代に心理学を学びましたが、カウンセラーというのは、たとえば「それは止めたほうが良い」とか「こうしてみるべきだ」というような個人的な意見は言っちゃいけないんですね。話を聞く時間にも制限がある。一生付き合っていくこともできない。でも、バーテンダーっていうのは、僕個人で対話をすることが許されるんです。人間対人間で話ができるし、僕の覚悟と責任感次第で、一生のお付き合いもできる。大学を出る時に、夢をとるか、大学院へ進んでもう少し心理学を勉強して将来はカウンセラーになることも視野に入れるかと悩みましたが、やっぱり夢を選んで間違いなかった。もともとやりたかったのは喫茶店で、それがラム酒と出会ったことでバーに変わったけど、本来仕事を通してやりたかったことというのは叶ったから。
― 一生付き合う覚悟。すごいことだけど、疲れませんか
砂子:ぜんぜん疲れない。むしろ、こう好きなことだけをやってお金をもらえるなんて、なんてありがたいことだろうって思いますよ。この間も、10年ぶりに来たお客さんでね、「10年前のあなたの一言に背中を押されて、今、夢が形になったんです」と言ってくれた方がいました。野外保育園を設立された方なんですが、当時はまだまだ夢の段階。実現できるかどうか不安な気持ちと、それでも子供たちのために実現させたいっていう思いの狭間で揺れていたところへ、僕はよく覚えてないんだけど、何か僕の言ったことが一歩踏み出すきっかけになれたみたいで。嬉しかった。よくサービスマンは夢を売る商売なんて表現をするけど、そういう意味では、どちらかと言うと夢を支える商売だと思っています。 こういうお客さんのお話を聞くと、ああ、とにかく頑張って長く続けることだって痛感しますね。実は、僕の大好きな富山のあの喫茶店は、もう無くなってしまったんです。あの格好良いマスターに一番伝えたかった、自分のお店を持つという夢を叶えましたという報告が、出来ずじまいだったんです。お客さんの帰ってくるこの場所を、僕は守っていかなければ。頑張らなければ、と思います。
バーテンダーとは、作り手の代弁者
―日本でもラム酒が作られているということを最近知りました。原田マハさんの小説にもなった、沖縄で有名なコルコルというラム、あれは美味しいですか。
砂子:美味しくないお酒というのは、世の中にひとつもないんですよ! 美味しいというのは、あくまで主観の言葉であることを忘れちゃいけません。誰かが美味しいと思ったから、世の中にリリースされたんです。お客さんにも、「美味しいのください」と言われるのが一番困る。その人が美味しいと思うかどうか、その人のことをよく知らなかったら分らないですからね。 お酒って、ついお酒単体で評価しがちだけど、一緒に食べるものとのバランスや、そのまま飲むか、何かで割るか、などの条件によって本来の良さが味わえるかどうかが変わってきます。 コルコルというお酒は、そのまま飲むと、えぐみだけを感じてしまうん人が多いんだけれども、沖縄料理のちょっとこってりした味にはよく合います。ソーダ割にしても良さが引き立ちます。ボトルには書いていない、本来の作り手の意図というものを想像すると、お酒というのはとても奥深い、楽しいものなんですよ。 同時に、お客さんへのヒヤリングも重要です。初めてラムを飲むお客さんには、ふだんはどんなお酒を召し上がるのか、直前にはどんなものを食べてきたのか、今日うちは何件目なのか・・。お客さんのコンディションと、お酒を作ったひとの考えとを汲み取って、マッチングさせるのがバーテンダーの仕事です。オーケストラの指揮者みたいなものかもしれない。ベートーベンは、モーツァルトは、この楽譜に何をこめたんだろうか。聴衆には、この演奏をもって何を届けられるだろうか、という具合。 ラム酒というのは、昔僕がそうだったように、飲み慣れていないひとがほとんどです。今、世界には推定4万銘柄のラム酒があると言われているんですが、原料となるサトウキビは生育に手がかからないというのと、ラム酒というお酒の生産エリアがものすごく広いというのが、ラムがお酒の中で最も銘柄の多い理由です。そんな気の遠くなる数のラム酒の中で、初めて出会うものがその人にとって美味しいかどうかは、すごく肝心。最初の一杯が口に合わなくて、ラムに良い印象を持ってもらえなかったら、それから先、すごい損をすることになっちゃうからね。 昔、何度もやっちゃったことがあるの。ろくにヒヤリングをせずに、自分の好きなものだけ出しちゃってた時期があったんです。「ほらネ、やっぱりラムなんて甘いだけだ。ウィスキーの方がいいや」なんて言わせちゃって。

メンター(心の師匠)たち
―「わん」が15周年を迎えるまでの道のり、ピンチや失敗もありましたか?
砂子:昔、忙しい日で疲れていたのか、振ってたシェーカーが手から滑って飛んでいったことがありましたね。あれはかっこ悪かったし、こぼれたお酒が床の上でベタベタになって、そのあと歩くたびに靴の裏にくっついて大変でした。それはともかくとして、ピンチだらけですよ。特に、僕は直観で動いちゃう性質だから余計にね。 ああ、こういう時に人って自殺するのかな、なんてことが頭をよぎった瞬間もかつてはありました。 経験の浅い当時の僕には、どうしたら良いかわからなくて行き詰ってしまう。事業が大きくなって、自分ひとりの問題じゃなくなると、ごめんなさいじゃ済まなくなることもあります。だけど僕には、僕が勝手にメンターと呼ばせてもらっている、尊敬する経営者の方が何人かいるんです。 特に良くしてくれる方の一人に、諏訪で活躍されている社長さんがいて、その方の叱咤激励は本当にパンチが効いてる。「俺の名前でつけにして、好きなだけ飲んで帰れ。諏訪に遊びに来るときは、一円も持って来なくて良いぞ」なんてかっこいいことを言ってくれるひとなんです。お言葉に甘えて、本当に一円も持たずに遊ぶだけ遊んで、帰りのタクシー代が無いことに気付いて困ったことがありましたけど。 それでいて、一度とても困ったことがあった時に相談に乗ってもらおうと思ったら、剣もほろろに突っぱねられたことがありました。でもそれは、冷たくあしらわれたという訳じゃなくて、「必ず道はある。何とかなるからもう少し頑張ってみろ。自分の力で乗り越えてみろ」という親心だったんですね。実際そのひとの言ったとおり、何とかなったけどね。ピンチになってみて初めて、自分には乗り越えられないと思っていたことも、なんだ、乗り越える力は自分の中にあったんじゃないか、と気づくことがほとんどです。
―その社長さん、とても器の大きな方ですね。
砂子:そうなんです。他にも富山での営業マン時代からお世話になっている経営者の方で、とても尊敬している方がいます。その方は出会った当時、美容室を経営されていたんだけど、10年後には美容学校を設立して若いひとを育てたいと夢を語っていました。そして本当に、10年以内に学校作っちゃった。どうやっても追い越せない。滅多に会えないけど、次会う時までにはこういう自分に成長していようって思って頑張るんです。少しでもその方に近づいていようって。でも何年かして会うと、もうその頃僕が近づこうとしていたその方をはるかに凌ぐほど、その方自身が飛躍していて、またまた自分との圧倒的な距離を実感させられちゃうんだよね。 そんな風に、追いつきたくても追いつけない憧れのメンターたちが何人かいます。そういうひとたちは共通して、自分の事業に関わるひとたちの、その先の幸せにまで責任があるっていう考えを持っています。だから、僕の若い頃から、僕が理解しているかどうかは別にして、体当たりで大事なことをたくさん語ってくれました。いろいろな経験をするうちに、ああ、あの師匠が言っていたのはこういうことだったのか、って後から少しずつ分かってきたり。 僕はそのメンターたちに、自分から連絡は取りたくないんです。彼らに気にかけてもらえる自分になりたい。なんだか面白そうなことをやってるみたいだな、って、あちらから声をかけてもらえる自分になりたいといつも思っています。
―「カンティーナわん」15年の歴史の背景に、本当にたくさんのひとが関わっていたんですね。 さて、2月14日はいよいよ、15周年記念イベント「Into the Rum」が開催されますが、意気込みをどうぞ!
砂子:もちろん、これまで「わん」を支えてくださった全ての方への感謝をこめて、最高に楽しいイベントにするつもりです。ただ、15周年をうたってるけど、一番はラム酒のことをみんなに知ってほしいという気持ちが強いです。当日は、20種類ほどのラムを用意して、ラムそのものを楽しんでもらえるブースと、ラム酒をベースにしたカクテルをお出しするブースを設けます。お食事はラム酒に合うお料理をビュッフェ形式で楽しんでいただいて、ラム酒ともゆかりの深いカリブの音楽をDJに流してもらいながら、陽気にやります。 目玉は、世界的にも人気のラム酒メーカー「ロン・サカパ」のアンバサダーによる、ラム酒のセミナー。 やっぱ、本場のひとに喋ってもらったほうが、よりダイレクトにラム酒の魅力もお伝えできるかな、と思って。 ぜひ、このイベントを機に、ラム酒に親しんでもらえる方が増えると良いなあ。
―今後の砂子さん、どんな展望をお持ちですか
砂子:10年後には、沖縄の波照間島に、日本最南端のラム酒蒸留所を作りたいです。 近い目標としては、今年はいろんな資格に挑戦しようと思ってます。3月までにきき酒、5月にはラムコンシェルジュの資格講座を誘致して、ついでに僕も持ってないので受けようと思ってるのと、秋はソムリエの資格を取ろうと思っています。それから、今年は山登りも始めてみようと思って、その準備段階として去年から体の歪みを直すためにストレッチを一生懸命やってたんですよ。僕もともと体が硬くて、前屈した時に床上10センチぐらいまでしか指が届かなかったんですけど、ストレッチを始めたら手のひらがベタっと床に着くようになったの! ともかく、やりたいこと、やらなくちゃいけないことは山ほどあるし、僕の人生なんてまだまだ、せいぜい2章目くらいかな。蒸留所作ったら、ようやく3章目ってところでしょうか。何章目まであるか分らないけど。
松本アイスから砂子慎哉さんへ

週に3回はイチローに似てると言われる砂子さん。熱烈なファンも多いけれど、本人は涼しい顔してこんなことを言っていました。「僕という人間を好いてくれて、会いに来てくれるお客さんがいることはうれしい。でも本物のバーは、例えば代替わりしてバーテンダーが僕じゃなくなってもお客さんがずっと来続けてくれる店。名前を覚えられてしまう時点で、僕はまだまだなんです」 そんなこと言ったって、砂子さん。 カウンター越しの何気ない会話から、ぐっと心のひだに入って来てしまう砂子さんのひと言には、老若男女を問わずひとを惹きつけてしまうものがありますよ。そうして一度、二度と重ねられていくカウンター越しの語らいの思い出が、そっとだれかの毎日に何か暖かいものを落としては消え、落としては消え、消えたと思っていたら何年かあとにもほのかに燃え続けていたことに気がつくのでしょうね。そのぐらいほのかだから、いいのでしょうね。みんなそうやって、朝や昼間に帰っていくためのささやかな力を、夜の「わん」でラム酒とともにいただくのでしょう。 とんでもなくストイック、そしてとんでもなくまじめで一徹。とんでもなく凝り性で、とっても純粋。 聞き上手だけど案外おしゃべりで、実は根っから明るいひと。 「また会いたい」と思われるひとになるって、むずかしい。むずかしいけど、そうなるための方法論はないかもしれない。砂子さんは、持ってるものぜんぶ、だれに対しても出し惜しみはしない。そして持ってるぜんぶに磨きをかけることも忘れない。当たり前だけど、完成した人間はいなくて、人間が完成することもない。それでも、完成を目指す理由。向上する理由。それは、「目の前のひとり」の幸せに真剣だから。 「今日一日生きて、誰かのためにどれ程のことができたか。それが生きている意味」と言った砂子さん。 自分以外のだれかに対して、与えられるものは多いほど良い。溺愛するラム酒も、根本はそのためのツールに過ぎないそう。 松本アイス、砂子さんがそんなこと考えてるなんてちっとも知らなかった! これからも末永く、みんなの帰る場所であり続けてください。

カンティーナわん15周年記念イベント Into The Rum
2016年2月14日 18:00~
























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